2015年御翼10月号その1

『いのちと平和の話をしよう』―日野原重明医師

  
 クリスチャンの医師・日野原重明先生は、小学校を回り、十歳の児童らに「いのちの授業」を展開してこられた。命とは、自分が使える時間のことであり、その時間は、自分のためだけでなく、(神と)人のために使うべきなのだと子どもたちに伝える。先生は、具体的にはいじめ、暴力、戦争の根絶を目指しているという。
 日野原先生は、大学生のときにかかった結核のため、徴兵は免れたが、太平洋戦争の地獄を、医師という立場で体験することになる。東京大空襲下で傷ついたたくさんの被災者が、日野原先生が勤務する聖路加国際病院に運ばれてきた。薬品もなく、大やけどを負った人たちが、次々の目の前で死んでゆく。「兵士以外に、大人から子どもまで民間人の死者が出る戦争の現実を見せつけられてきた医師として、どうしても、日本が軍隊を持つことに同意できないのです」と先生は言う。
 沖縄県の米軍基地問題について、先生は解決策を提案している。それは、「十年後に国内の米軍基地をなくす条約を日米間で結び、それを機に日本は『平和の国』として世界に宣言する」、というものである。そして、十年後以降は、在日米軍の駐留経費のうち日本が負担してきた「思いやり予算」を、世界各地で天災が発生した際、自衛隊を派遣する予算へ回し、自衛隊は国際社会の平和を守る存在として位置づける。資源のない日本を他国が爆撃する必然性はないのだから、日本は武力を誇示して国を守るのではなく、「平和の国」として世界に宣言することで、国際社会で確固たる地位を築く。そして先生は、十年先を目標にした日米安保条約の解消を提案しておられる。日米の友好関係は、核の傘なしでしか成立しないと信じているからである。
 「二○○一年に米同時多発テロが起きたとき、当時のブッシュ大統領は旧約聖書の「目には目を、歯には歯を」の聖句を、『やられたら仕返しするのは当然』と解釈し、何倍もの報復攻撃を行って大勢の市民を殺しました。しかしイエス・キリストは『汝の敵を愛せよ』と説いています。本当の問題解決のためには、相手をゆるし、暴力という手段を捨て、和解に向けて相手に歩み寄る。それ以外に手段はないのです。知的な生き物である人間は、互いのいのちを尊重する、たとえば国家間などで戦争、紛争をしないと約束することが可能です。人間は本能の赴(おもむ)くままに奪い合い、殺し合い、自らの住む社会や世界をみすみす破滅に陥れるほど、愚かな動物ではありません」と。愛する者の命を奪った敵を赦すためには、自分自身もキリストの贖いが必要な不完全な存在であると知り、キリストによって、愛する者たちと天国で再会できる希望がなければならない。
 「このような考えは、100年を超える人生を与えられた私の一つの発想です。けれども実現の日をこの目で見届けるために、さらに今後十年間、長生きする努力をしようと決意をしました」と日野原先生は記している。
   日野原重明『いのちと平和の話をしよう』(朝日新聞出版)より

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